ご飯を作ることが、誰かの安心になっている

こころとごはん

子育てに悩んでいたころ、お世話になった先生にこんなことを教えていただきました。

「子どもにたっぷり愛情をかけなさいと言われると、愛情をかけるってどういうことだろうと悩むお母さんがいる。でも愛情というのは、子どもを産んだ瞬間に降ってくるようなもので、何か特別なことをしなければいけないわけじゃない。母親にできることは、毎日ニコニコと機嫌よくごはんを作って、掃除して、洗濯することですよ」

その言葉を聞いたとき、肩の荷がすっと降りた気がしました。


機嫌よく家事をすることが、家を安心な場所にする

愛情とは、特別な何かをすることじゃない。

毎日の食事を用意すること、清潔な服を揃えること、帰ってきたときに「おかえり」と声をかけること。そういう当たり前の積み重ねが、子どもにとっての安心の土台になるのだと思います。

逆に言えば、ごはんが少し手抜きでも、部屋が散らかっていても、それで愛情が足りないわけじゃない。機嫌よくいることのほうが、ずっと大事なのかもしれません。

ごはん作りが嫌になる日だってあります。そんなときは無理せず、できる範囲でいい。ごはん作りが嫌になったとき、立ち止まっていい理由についても書いていますので、気持ちが疲れたときにぜひ読んでみてください。


毎日のごはんが、子どもの中に積み重なっていく

わが家の4人の子どもたちは、みんなごはんを食べることも作ることも好きなようです。

なかでも、一番ごはんを作ることと無縁だと思っていたのが一番下の息子でした。

ところが結婚して、自分が早く帰った日や休みの日には、ごはんを作っているというのです。

しかも、私が作っていた料理の作り方を聞いてくることがある。

そのとき、じわっと温かいものが胸に広がりました。

毎日毎日、当たり前のようにごはんを作り続けてきた。子どもたちに食べさせてきた。その積み重ねが、息子の中にちゃんと残っていたんだと思うと、ああ、続けてきてよかったなあと、しみじみ思いました。


ごはんを作ることは、愛情を形にすること

特別なことをしなくていい。豪華なごはんじゃなくていい。

毎日食卓にごはんがある。それだけで、子どもは「自分は大切にされている」と感じているのだと思います。言葉にしなくても、ごはんという形で伝わるものがある。

子どもと一緒にごはんを作る時間も、そんな愛情の積み重ねのひとつです。子どもと一緒にごはんを作ると、いいことがたくさんあるという記事にも書いていますが、一緒に台所に立つことで、料理の楽しさや食への関心が自然に育っていきます。


「ちゃんとしなきゃ」から自由になる

子育て中は、「ちゃんとしなきゃ」というプレッシャーをいつも感じていました。

栄養バランスのとれたごはんを作らなきゃ。手作りじゃないといけない。品数が少ないと手抜きだと思われる——そんなことをぐるぐると考えていた時期があります。

でも、先生の言葉に出会ってから、少しずつ気持ちが楽になりました。完璧なごはんじゃなくていい。機嫌よくいられることのほうが大事。そう思えるようになってから、台所に立つのが少し好きになった気がします。

朝ごはんも同じで、頑張りすぎなくていいと思っています。朝ごはん、頑張りすぎなくていいという記事にも、わが家の気楽な朝食スタイルを書いていますので、よければ読んでみてください。

頑張りすぎなくていい理由

ごはんを作ることに疲れたとき、この言葉を思い出します。

愛情は特別なことをしなくても、すでにそこにある。できる範囲で、機嫌よく作る。それで十分です。

完璧なごはんじゃなくていい。豪華じゃなくていい。毎日食卓にごはんがあること、それ自体が誰かの安心になっています。

これからも、気負わず、肩の力を抜いて、ニコニコとごはんを作っていけたらいいな、と思っています。


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