ごはん作りが嫌になることは、誰にでもあります。
毎日のことだから、当然です。
疲れている日も、気力がない日も、「今日だけは誰かに作ってほしい」と思う日も、必ずある。
私はこれまで、ごはん作りが「もう無理」と思い詰めたことはほとんどありません。
でもそれは、「ごはん作りが得意だから」でも「体力があるから」でもなくて。
しんどいと感じたとき、ちゃんと立ち止まってきたからだと思っています。
手を抜くことが、続ける秘訣だった
しんどい日は、お惣菜を買った
疲れた日は、外食にした
「今日はもう無理」と思ったら、冷凍食品に頼った
それを繰り返しながら、毎日のごはん作りを続けてきた。
毎日頑張り続けていると、たまの手抜きは家族が「やったー」と喜ぶことさえあります。
「今日はお惣菜?やった!」という反応に、最初は複雑な気持ちもありましたが、今はそれでいいと思っています。
むしろ、毎日手を抜かずに作り続けることの方が、長い目で見ると無理がある。
「立ち止まること」と「サボること」は違う
立ち止まることを、サボりだと感じる人がいます。
「ちゃんとしたごはんを作らないといけない」
「市販のものに頼るのは手を抜いている」
「毎日きちんと作るのが当たり前」
そういう思い込みが、じわじわと自分を追い詰めていきます。
でも、立ち止まることはサボりじゃない。
疲弊してしまう前に休む、それは自分を守るための判断です。
毎日走り続けられるマラソン選手はいません。
ペースを落とす日、歩く日、立ち止まる日があって、長く走り続けられる。
ごはん作りも同じだと思います。
しんどい気持ちは、信号だと思っていい
「ごはん作りが嫌だな」と感じたとき、それは体や心が出しているサインです。
「疲れているよ」「休んでいいよ」というサイン。
そのサインを無視して頑張り続けると、本当に限界が来たとき、長い時間ごはん作りが嫌いになってしまうことがある。
小さなしんどさのうちに立ち止まることが、結果的にごはん作りを長く続けるための方法だと私は思っています。
立ち止まり方は、なんでもいい
立ち止まり方に正解はありません。
お惣菜を買う。外食にする。冷凍食品を使う。
パンと卵だけの夕食にする。カップ麺にする。
「今日は作らない」と家族に宣言する。
どれでもいい。
大事なのは、「今日は無理」と思ったとき、その気持ちを押しつぶさずに受け取ること。
そして、少し楽になる選択をすること。
ごはん作りが嫌になったとき、立ち止まっていい。
それは弱さじゃなくて、ちゃんと自分のことを大切にしている証拠です。


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