レシピを調べて、いつもより手間をかけて作った日。
「美味しい」のひと言を期待していたのに、家族は黙々と食べるだけ。
そんな経験、ありませんか?
私にも何度もありました。料理本を見ながら作った日、新しいレシピに挑戦した日。反応がないと、それだけで「もう頑張るのやめようかな」と思ってしまう。
あの悲しさは、ごはんを作り続けている人にしかわからないものだと思います。
頑張るほど、それが「当たり前」になっていく
以前の私は、家族の「美味しい」「うまい!」という言葉を引き出すために、毎日試行錯誤していました。
新しいレシピを探して、食材にこだわって、盛り付けを工夫して。
でも最近、気づいたことがあります。
毎日頑張っていると、それが家族にとっての「当たり前」になってしまう。
毎日おいしいごはんが出てくるから、特別においしい日でないと反応しない。よかれと思って続けてきた努力が、基準を上げてしまっていたのかもしれません。
「ハレとケ」という考え方に救われた
料理研究家の土井善晴さんの著書の中に、「ハレとケを大切に」という言葉があります。
ハレは特別な日、ケは日常のこと。
日常(ケ)のごはんは、シンプルでいい。栄養があって、温かくて、食べられれば十分。特別な日(ハレ)には、腕を振るって豪華にする。
その言葉を読んだとき、本当に気持ちが楽になりました。
毎日をハレにしようとしていたから、疲れていたんだ、と。日常はケでいい。それだけで、肩の荷がすっと下りました。
ケの日のごはんは、十分すごい
「今日のごはん、美味しかった」と言われなくても、大丈夫です。
毎日家族のためにごはんを作ること自体が、すでにすごいことです。特別なレシピでなくても、見た目が地味でも、今日も食卓に温かいごはんを並べた。それだけで十分なのです。
家族が黙って食べているのは、それが「当たり前においしい日常」になっているから。文句を言わずに食べてくれているなら、それはひとつの答えかもしれません。
給食室でも、「おいしい」と言われる日はほとんどありません
保育園の給食室で、何十年もごはんを作ってきました。
正直にお話しすると、子どもたちから「おいしい」と言われることは、そんなに多くありません。
でも、答えはちゃんと返ってきています。
空っぽになって戻ってくる食缶。おかわりの列ができる日。「今日のスープ、なんの味?」と、わざわざ聞きに来る子。
どれも「おいしい」という言葉ではありません。それでも、伝わっているんだなと思える瞬間です。
ご家庭でも、きっと同じです。
黙って食べている。おかわりをした。お皿が空になっている。言葉になっていないだけで、答えはもう、目の前にあります。
人は、本当に嫌なときは必ず口に出します。何も言われないというのは、それだけで合格点なんです。
特別な日に、ちょっと張り切ればいい
誕生日、記念日、久しぶりに家族が集まる日。
そんなときに、少し張り切ってみる。いつもより手の込んだ料理を作る。そのとき家族が「美味しい!」と言ってくれたなら、それで十分です。
日常はシンプルに、特別な日は思いきり。
そのメリハリがあるだけで、ごはん作りがずっとラクに、そして楽しくなります。
それでも寂しい日に、できること
頭ではわかっていても、やっぱり寂しい日はあります。
そんな日に、私が実際にやっていることを3つ。
1. こちらから聞いてしまう
感想を待つから、寂しくなる。それなら「今日のごはん、どれが一番好きだった?」と、自分から聞いてしまいます。
聞かれれば、たいていの家族は答えてくれます。「肉じゃが」とひと言でも、それで十分うれしいものです。
2. 感想の代わりに、リクエストを聞く
「次、何が食べたい?」
これは一石二鳥です。会話が生まれるうえに、明日の献立が決まります。献立を考える手間まで減るので、いちばんおすすめの方法です。
3. 自分で自分に言う
「今日もよく作った」
誰も言ってくれないなら、自分で言えばいいんです。毎日ごはんを作っている人が、いちばん自分をねぎらっていい人だと思います。
今日も作ってくれてありがとう
最後に、ひとつだけ言わせてください。
毎日ごはんを作っているあなたに、家族はきっと感謝しています。言葉にしていないだけで。
「美味しい」と言われなくても、毎日あなたが作るごはんが、家族の体と心を支えています。
今日もお疲れ様でした。


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